美術の窓

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公募展便り(2015年2月号)

「美術の窓」2015年2月号

第39回土日会展

(12月10日〜12月23日/国立新美術館)

文/高山淳・編集部

1室

 三浦裕之「円テーブルの静物」。「枇杷のある卓上」は、ほぼ長方形の黄土色の机。その上にアルミの厚い片手鍋、ワインボトル、マグカップ、染付の皿には六つの枇杷が置かれている。枇杷のある染付の皿は真上から眺められている。それに対して鍋は斜めから見られている。手前に木のパスタをすくう道具が横に置かれている。しんとした雰囲気。枇杷のオレンジ色が輝く。それぞれの五つの物のテーブルの上の位置が微妙で、少し宙に浮いているような雰囲気がある。左辺から細い枝が伸びて、その先に枯れかかったような五弁や六弁の花が付いている。視覚的であると同時にずいぶん触覚的な力が使われている。

 もう一点の「円テーブルの静物」は、楕円上の黄土色のテーブルの上方に、木の糸巻が置かれている。手前には糸を通す杼が置かれて、その間に鳥の人形が逆さに置かれ、そのお腹から細い木の棒が伸びている。手前の白いお皿に三つの無花果。上方の糸巻の横には、黄色、青、肌色、紫の糸が置かれている。右下方から太い茎と葉が出てシルエット風に花がいくつも咲いている様子。何か夜の闇を背負って現れて来たような面白さ。長い柄でこの鳥の人形を旋回させる。それぞれの物の持つ触覚性と同時に、現象的なものではなく、いわば質量とも言うべきものが描かれている。光によって反射したり、シルエットが現れたりということではなく、固有色によって彩られたそのもののフォルムが、そっとこのテーブルの上に置かれて、それぞれが深いところで響き合う。

 この作品も、もう一つの枇杷の置かれている皿と同様、無花果のお皿が真上から見られて正円のフォルムを作っていて、その周りは横からあるいは斜めから見られていて、その視点の移動ともいうべきものが、面白い効果を作り出す。無機的な人形や糸巻や糸などに対して、有機的な三つの無花果、そしてシルエットの花。もう一点もやはり無機的な鍋やボトルに対して六つの枇杷、そして植物の花。そういった無機的なものと有機とのコントラストも絵の中に使われて、そのコンポジションの中に果実が何か大切な宝石のように静かに輝くように表現されている。(高山淳)

 岡公次「人・馬・犬(B)」。明るい黄色の光を背景に、逆光の中、緑味がかった黒いシルエットによって描かれた2頭の馬と犬、手綱をつかむ一人の人物。シルエットでありながらそれぞれの量感が生々しく、肢体を動かす力が伝わってくる。彫刻的でもあるが、躍動的な筆致によって、跳ねる馬、おののく馬、駆ける犬、それぞれ異なる動きを画面に生じさせている。(編集部)

 濱口泰巳「竹林の小径」。竹林をカーヴしながら進む小径。画家独特の青、紫、緑の階調で彩られた竹林は、密度のある空間を作り出す。隙間から入り込む僅かな日の光による色彩の変化は繊細で、根本の輝きと、奥の方の深々とした紺色とが幻想的に響き合う。上方の竹の葉も、実に明暗細かく描かれていて、さらに光を乱反射させている。真ん中やや右に真っ直ぐ生えた竹が少し白く輝いて、この大画面を支える。身近な風景から美を創造する画家の豊かな感性が垣間見られる作品である。(編集部)

2室

 阿南英行「樹と少年」。気球のような形をした不思議な二本の樹の間を、虫取りの少年が後ろ姿で歩いている。少年の日の記憶が心象的に表れているようだ。不思議な樹には少年を見守る父と母のようイメージがある。手触りのあるマチエールの効いた画面に郷愁感が漂っている。(編集部)

 白藤茂「シエナ風景」。シエナの街を外側に向かって俯瞰している。緻密な描写で、都市そのものが生きているように描かれている。赤い建物がフォーカスされているが、遠景から近景に向かってぐっと迫る描写に迫力があり、周辺、または間に見え隠れする木々と建物が調和している。石造りでありながら、不思議な温かさが感じられる。(編集部)

3室

 森井健治「静物 2」。柄杓と、柄の付いた筒と、蓋の無いポットがグレーの台の上に置かれている。それぞれが紫色の背景の中、クリアなフォルムを形成する。錆の見えるアンティークな静物がどこか人の気配を帯びているのが面白い。無機的な静物に対して「間」にとことんこだわった構成をすることで、ものの存在感を焙り出しているように思える。金属音が共鳴してくるような画面である。(編集部)

 坂本典穗「桜驟雨」。煙が立つように雨に降られる桜が、幽玄の雰囲気をもって描かれている。画面には、和紙の皺のような凹凸が絵具によって細かく入れられ、雨と枝のニュアンスを深めている。この世とあの世をつなぐような霊的な気配もあり、吸い込まれるような表現力に魅了される。(編集部)

4室

 櫻井孝美「燦めく日々(緑と水と太陽)」。画家の代名詞とも言える富士山を背景に、日々の出来事からピックアップされた場面が描かれている。そんな中でメインに描かれているのが、子どもが画家の作品を模して楽しそうに富士を描く場面なのが印象深く、家族への慈しみと幸福感に満ちあふれている。生命的なエネルギーが力強く発せられる色彩。緑と水と太陽は、何れも富士山と強い結び付きがあり、その色彩によって富士が沈むことなく堂々と屹立している。古稀という節目を迎え、新たな人生に向かう画家の記念碑的作品のようにも感じられる。(編集部)

 三橋敦子「庭のイマージュ A」。「庭のイマージュB」は複雑な緑のバリエーション。上方に伸びていくフォルムに対して、左右に伸びていくフォルム。その中に円弧が使われて、明るい部分と暗い緑、あるいはベージュ的な褐色系の色彩。上方に明るい緑の色面がはめ込まれて、その下にV字型のフォルムが現れている。庭のイマージュという題名のように、庭に存在する石や植物や土、あるいは垣根、そんなものを分解し、絵の中の抽象的な色面構成の要素として取り入れる。そして奥行と深さと広がりを表現する。静かに演奏する、いわばピアニッシモのような弱い音を組み合わせながら、実は堅牢な力強いコンポジションを作る。

 「庭のイマージュA」はその青の中に青紫の矩形の色面が入ることによって、緑が活性化する。それに誘われるように暗い緑の調子の中から、黄緑の鮮やかな緑が浮かび上がる。その黄緑と青紫の色面との間の少しセルリアン風な青が、ところどころ左右に入れられて、何か深い奥行を感じさせる。水の深さや空の奥行のような雰囲気。空も真っ青な空ではなく、曇りがちの少しブルーがかった空。曇った時の方が対象が良く見える。そしてたとえば植物の緑をこのような色面に還元して画面に配置する。正方形の画面である。上下左右同じ長さ。その中に上方は緑、下方は青の色面をイメージして配色し構成する。緑の中から三角形に青紫の色面が浮かび上がる。真ん中あたりのセルリアン系のブルーに空のイメージと述べたが、空のイメージは下方のウルトラマリン系の少し紫がかった青の方により顕著に感じられる。逆に上方に緑の植物や水などのイメージがあらわれてくるようだ。手元にある空を覗き込んでいる。それは画家自身の内界を覗き込む働きと一緒なのかもしれない。上方に庭の緑がみずみずしく引き寄せられる。その中にまるで補色のように、三つの青紫が若干明度を変えながら置かれて、華やぎと同時に不思議な強い表情を作り出す。まるで昼間の空間に夜の空間を切り取って、そこに置いたかのような新鮮なイメージがあらわれる。朝、昼、晩そしてさまざまな季節の中に庭はその表情を変えていくだろう。そういったもの一切から画家はイメージを引き寄せてここに構成した。そして気品のある空間を作り出した。そこには少しメランコリックな翳りも現れる。(高山淳)

5室

 野上邦彦「仮設4回目の冬(福島)」。立ち並ぶ仮設住宅を両側に据えて、老夫婦が杖をついて立っている。黒い法衣のようなものを身につけ、まるで修道僧のようないでたちである。モノトーンに近いがらんとした冬の空間に、老夫婦の深く刻まれた皺が重々しい。復興への祈りと、現実の悲哀が遠景の山にこだましてくるようだ。(編集部)

 鈴木恭子「仮象」。裸木のようなフォルムがそびえ立ち、巨大なポンプとなって水分を吸って、また地面にしたたり落としている。輪廻を形象化するように繰り返し循環する。右上方に表れた雲の渦が、目のように下界を見下ろしている。したたり落ちる水の波紋が上空まで広がり、乳白色の中で淡い紫や緑やオレンジといった色彩に分解されていく。心理的なイメージが画家独特のかたちとなって静かに動き出すような画面である。(編集部)

 篠田和夫「森に棲む。」。輪郭線を排し、水彩の滲みを存分に生かして描かれた光景。森の中にクラシックなスポーツカーが幻のように出現し、その背後に鹿が顔を覗かせている。その不思議な対比が面白く、この森の奥に潜む存在を追って視線が惹きつけられる。色数を限定しながら巧みな陰翳の描写力によって夢の中のような世界を作り出している。(編集部)

6室

 千田喜久也「Quartet」。墨をベースに数種類の色面を入れながら構成されている。はじけるような、激しく駆け上がる動きが表れているが、放射と上昇が組み合わさり、濃淡から生まれる奥行きも相まって強いコンポジションとなっている。音の波長が交差し、倍音となって響いてくる様が形象化されているように思える。(編集部)

 木村博省「ピアノ五重奏」。スポットライトを浴びるように五人の奏者が描かれている。確かに空間はあるが、現実世界と隔絶され、音に包まれたような光景である。上方に立ち上る練り込まれたいぶし銀のような色彩から高音の響きが想起され、下方に広がる空間からは、一般的なピアノ五重奏ではなく、コントラバスが加わったことによる低音の強調された重厚な音のイメージが伝わってくる。重奏の響きが見事に視覚化されている。(編集部)

7室

 正藤晴美「詩音 Ⅱ」。蓮池を俯瞰したような画面にピンクの大きなハスの花とコウホネのような黄色い花が賑やかに描かれている。池には鍵盤のイメージが重ねられ、カエルや魚、カタツムリが行進するように一定の拍子を刻んでいる。カワセミが指揮を執り、花の音符が散りばめられる。池全体で表された音楽。岩絵具独特のハーフトーンが柔らかく、ファンタジックな世界を彩っている。(編集部)

8室

 川又路子「花桃の道」。色鮮やかな花桃が、風になびいてうねるように描かれている。春の透き通るような光に照らされて軽やかで、山道の明るい緑と調和している。精緻な描写で、この道を実際に歩いているような臨場感があり、花桃の香りが漂うような作品である。(編集部)

9室

 勢〆修「記憶の選択肢」。小さな子どもが紙にペンを走らせ、その周囲を旋回するように古い家族写真が浮かび上がっている。三、四代くらいにわたる一族の記憶なのだろうか。イメージが滲み出て侵食していくような赤いまだらな背景が写真と風景を溶け込ませる。幾多もの偶然が積み重なって、この男の子が誕生した。その偶然性を象徴するかのように遮断機が描かれ、男の子は遺伝子に刻まれた記憶を結びつけるかのように線を描いている。(編集部)

 平江正好「明日へ」。産着にくるまれた赤ん坊を抱く母親と、小さなお姉ちゃんだろうか。興味深そうに赤ん坊を覗き込んでいる。この、ダ・ヴィンチの「岩窟の聖母」を思わせる三角形をした3人の姿が始まりで、背景にその後の姉弟仲良く遊ぶ姿が描かれているのが面白い。子どもたちは暖かな色彩の中で、花開くように描かれ表情豊かである。しぜんと笑顔を呼び込むような作品である。(編集部)

 根本恒子「生命あるもの 14─9」。紫陽花の形を組み合わせて、独特の色彩感覚によるイメージを作り上げている。柔らかな円形の色面と、細かい線による花びらが繊細な色調の変化をもって描かれ、有機的に胎動するような画面が表れる。紫陽花の一輪一輪が増殖する細胞のようでもあり、立体的に動き出してくる。黄色の輝きが印象深く、瞼を閉じると浮かんでくるような幻想的な世界を導き出している。(編集部)

第12回新平成美術展

(12月13日〜12月20日/東京都美術館)

文/編集部

1室

 鈴木良雄「しみじみと、エーゲ海」。朱に染まったエーゲ海を臨む情景が広がっている。水平線上に小さく夕陽が描かれている。時の流れに従って、少しずつその表情を変えていっている。手前下方に建物の姿が少しだけ見える。それを見下ろしながら水平線に向かうに従って視点を変化させていっているところも巧みな画面構成である。

 早川皓章「窓辺の回想」。画面の中央に横たわったトルソを中心にしながら、構成されている。トルソの周囲にはたくさんの花や瓶、頭像などが置かれている。黄からオレンジの色彩を繊細に変化させながら色彩を施していくことで、ある種のオーラのような気配が生まれ、それが濃密に画面を満たしている。トルソもまたどこか生命力を帯びていて、画面全体で原始の海を思わせる生命の活動を孕んだような、静物画の枠を越えた魅力がある。

 上田酔潮「休憩地」。アーチ状にくりぬかれた岩壁の向こうに水平線が見える。手前は潮だまりになっていて、苔むした岩がいくつか転がっている。潮だまりは静かな表情を見せているが、トンネルをくぐった向こうの海では波が寄せてきて微細な動きを画面に作り出している。その静かな対比がどこか心地よい調べをこちらに運んでくるようだ。明るい陽射しによって岩や草木は生き生きとその調べに乗って謳歌している。そうやって描かれた画面が鑑賞者を作品内へと誘うようだ。

 伊東房枝「森の幻想曲」会員優賞。小さな青い実の付いた植物を画面いっぱいに大きく描いている。葉や実は陽の光によって様々な表情を見せていて、それを繊細に描き出している。ところどころに朱や茶の色彩が入れられていて、それらが寒色系の色彩の中で、効果的なアクセントとして活かされている。やわらかなタッチで描き出された作品の中に、この情景に対する画家の愛情が深く込められているようだ。

 斎藤由比「フローラ」。丸く折り重ねられた布の上に花瓶があって、そこにたくさんの花々が生けられている。花瓶の周囲にも幾本もの花が置かれている。花々はクリアに、艶やかに描き出されていて、それぞれが静かに自身の存在を主張しているようだ。バックには燃えるような深い赤の色彩が施されている。美というものを深く追求・表現し、それを讚仰するような構成によって強いイメージを鑑賞者に発信してくる。

 中村孝一「休日」。古びて草原に打ち捨てられた鉄製の機材が大きく描かれている。その右向こうに一人の女性の姿が見える。そして最も手前にはたくさんの野の花が咲いている。視点を低くした上での重層的な画面構成が、どこかドラマチックな物語性を引き寄せている。堅牢な機材と草花のやわらかな質感、無機物と有機物というような対比もまた作品に確かな見応えを作り出している。

2室

 田中篤「パストラーレ」。パノラマ的に広がる田舎の風景にたくさんの牛が描かれている。ゆったりと流れる時間と爽やかな空気が魅力である。画題の通り、牧歌的で気持ちのよい情景であり、そういった雰囲気をじっくりと描き込みながら獲得しているところにこの画家の絵画的センスを感じさせる。

3室

 山口博「滝音の響」。水彩によって流れ落ちる滝の姿を向かって斜め右から描いている。激しい水しぶきが細やかに自然に表現されている。強い臨場感が確かな描写力によって引き寄せられている。

 齋藤諒「都庁の夕暮れ」新人優秀賞。色鉛筆によって見下ろすように都庁の庁舎を描いている。その独特の視点と構図が鑑賞者を強く惹き付ける。細密に描きながらもやわらかさは失われていない。はらはらと降る雪もどこか切ない情感をもたらし、印象に残る作品として成り立っている。

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