美術の窓

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公募展便り(2014年2月号)

美術の窓2014年2月号

第38回土日会展

(12月11日~12月23日/国立新美術館)

文/高山淳

1室

 濱口泰巳「樹林(初夏早朝)」。雑木の立ち並ぶ様子とその地面と接する部分の隆起した部分や後退している様子、そばの小さな道などを闊達に描いていて、大きな空間が生まれている。ブルーを中心とした階調の変化が爽やかで、気持ちのよい韻律が生まれている。

 三浦裕之「プルーンのある卓上」。ひっそりとした中に不思議な空間があらわれている。楕円状の茶色いテーブルの上に白い皿やカップや鍋がある。青みがかった白い皿の上にはプルーンが三つ。それは真上から見られている。ベージュの鍋とカップと白いほうろう引きの鍋は、すこし斜めから見られている。三つの物の位置は三角形をつくる。ひっそりと周りの空気感をそのまま内部に入れたような空間が生まれている。右のほうろう引きの大きな鍋とベージュの片手鍋の二つのグレーのニュアンス。左のほうに置かれたマグカップのようなものの外側に描かれた赤い二つの色面。赤い色面はまるで夕日をそこに閉じ込めたような不思議な味わいである。画家は静物を描きながら瞑想の中に入っていくようだ。もののもつ存在感とか重量感というより、静物を使いながら独特の日本的な音楽をつくりだすような趣がある。リズムやハーモニー、お互いが響き合うところにあらわれてくる深い音楽性ともいうべきもの。そう考えれば、左に観葉植物のような茎と葉が浮かんでいるのも、伴奏する低音部のような雰囲気として感じられる。

2室

 阿南英行「森と牛」。広葉樹の葉が茂ってこんもりとした森のような雰囲気である。その手前は草原で、木立のそばに二頭の親子の牛がいる。その草をはむ様子がくっきりと描かれていて、生き物の気配が静かに伝わってくる。草も背景の樹木も生きている。空はオレンジ色で、懐かしいノスタルジックな心持ちが感じられる。

3室

 岡公次「砂色の丘」。地平線に三十頭ほどの馬が集まっている。それをほとんど線によって表現している。優れたデッサン力である。遠景にいる馬の群れとそれを囲む黒褐色の大地と黄土色の空。空の上方は夜の闇のような雰囲気で、ロマンが感じられる。

 森井健治「静物 1」。森井健治は静物を三点出品であるが、「1」の中心に六つのものの集められた構図が面白く感じられた。ほうろう引きのポットや陶器の上に錆びたような金属の蓋のされているもの、小さな入れ物、あるいはカップなどが置かれて、それぞれの様子、配置にリズムが生まれる。白いテーブルの上にこのようなものが存在し、背後は壁のコーナーとなっていて、赤紫と柔らかなグレーがかった青紫の二色の背景の下に光線がこのものたちの上に差し込む。静かに光が反射する様子を、心象のなかに、ある生きたリズムのなかに表現して面白い。

4室

 髙松ゆたか「チャグ馬初詣」。蒼前神社という幟が立っている。岩手のほうのお祭りである。馬に美しい衣装をつけて、その上に男性や女性が乗っている。手前には法被姿の蒼前という文字を染めた男たちが十人ほどいる。ふるさとのお祭りを一つのモニュマンのようにパノラマふうに表現する。拡大すると、舞台の緞帳にもなるような、そのようなコンポジションに注目した。

 櫻井孝美「富士と私たち」。下方に富士を広い裾野を暗示させるフォルムで描き、上方に大きな丸い赤い円の中に画家と画家の妻の顔を置く。それは太陽と重なってオレンジ色の光を発している。周りには画家の子供夫妻や孫や友達などの顔を三十人ほど取り巻くように浮かべている。富士の下はちょうど関東から駿河にわたる日本の海と接する部分のフォルムとなっている。日本讃歌、富士讃歌、家族讃歌、そういったイメージをダイナミックにうたいあげるように表現する。画面から発する強い健康な波動が鑑賞者を癒す。

 三橋敦子「庭 013─1」。三橋敦子は「庭」二点を出品。「1」は求心的な画面。接近すると、絵具をずいぶん塗りこんでいるところが中心にある。青や様々な緑の色面によるコンポジションである。緑も若緑から暗いビリジャン系の色彩まで様々である。緑が優しく感じられる。そのあいだに三つの青の正方形や長細い矩形の色面が置かれている。水であると同時にそれは空のイメージを表す。「庭」という言葉のように庭の中にある樹木や地面、池などから抽象化された色面が、池が空を映すようにそのまま空の世界と重なるように描かれている。あるいは、地面の奥深く流れている命あるもののイメージを青い色面に託したところもあるかもしれない。そのように見ていると、やがて右上方の緑と暗い緑との境界領域に地平線のような奥行が見えてくる。抽象形態であるが、見ているうちに、そのような具体的なイメージも引き寄せられる。そして中心に、半円状のたどたどしいカーヴする、すこし白っぽいフォルムが描かれ、そこに伴走するように木炭の線が置かれている。そこには画家が庭で動いたあとの軌跡のような、一日の時間の自分の行為の跡のようなイメージも表れる。上品な画面である。外部に主張するのではなく、内側に内側にと入っていく、そんな空間の深さであり、それによって絡め取られた時間の密度が感じられる。一つひとつのフォルムを、いわば繊細な黄金色の秤の上にのっけてバランスをとっている。すこしの風が吹いても、そのバランスは揺れていくような、そんな不思議なムーヴマンもまた魅力である。「2」はもうすこしそれを突き放したかたちで、ダイナミックに表現したように感じられる。右下に大きな青い色面があるのは、そのまま空のイメージにじかにつながっていくようだ。そこに緑の樹木や地面などがあらわれてくる。それぞれの色面にそれぞれのポジションが感じられる。色面の位置の変化によって空間が生まれる。

5室

 野上邦彦「私の家、帰して下さい(福島にて)」。福島の原発の事故のために、家があっても、そこにはもう戻れない状態の区域がある。その状態に対する強い悲しみと抗議の心持ちを、この構図の中にまとめている。日本家屋の瓦屋根の二階建ての建物の手前に白髪の老人が腰を屈めて、手を握り締めながら強く訴えている表情である。この男の心を投影するように枯れた雑草が周りにざわめいている。グレーを中心とした中に強い表現主義的な力が感じられる。

6室

 千田喜久也「螺旋進行 C」。和紙に墨による抽象的な線を置き、そこに淡彩。とくにこの作品はダイナミックな動きが感じられる。墨をぶちまけたような動きの中に繊細なピンクや紫、オレンジなどが入れられて、強い動きとハーフトーンの色彩の雅やかな響き合いとが呼応した不思議な絵画空間が生まれている。

7室

 岩谷雅子「untitled」。右上方に円の一部が置かれ、それは白いカーヴするストロークによって表現されている。そばの青い空間に三角形のフォルム、褐色を帯びたグレーの球体のようなフォルムも見える。宇宙をイメージし、その上に数学的な図形の遊びをしているような楽しさがある。その楽しさにはイノセントな雰囲気があって、奥行があらわれ、ファンタジーもまた引き寄せられるように感じられるところも面白い。

 正藤晴美「栖(すみか)」。大きな葉のある植物。八弁とか十弁のピンクの花に大きな花弁が伸びている、そんな花。青い蝶がそばに来ている。下方には食虫花がぶら下がっている。エリマキトカゲがいま飛翔している。大きな赤い蛇がこの樹木の枝に巻きついている。熱帯を思わせるような植物や生き物を面白く配置しながら、華やかな中に生存のもつ不思議なイメージをよく表現している。日本画による表現であるところがまたこの作品の魅力で、マットなマチエールの上に繊細な味わいが感じられる。

 志茂武彦「映像 Ⅱ─安らぐ」。十人を超える群像である。赤いベンチに座る若い母親と乳母車に腰掛ける乳児。あるいはもうすこし大きな子供と母親。後ろにも母親と子供はたくさんいて、公園の一隅に様々な母と子供が集まっているような楽しい雰囲気である。その一つひとつのフォルムをクリアに描く。それぞれ表情が異なる。一つのそのような群像として面白く感じられる。人間のもつ存在感を深く追求するのではなく、もっと軽い雰囲気で、公園の一隅の母子像の十数人の群像として面白く感じられた。

 平江正好「明日へ Ⅱ」。一歳から二歳ぐらいの女の子や男の子の群像である。同じ少女が四つのポーズをとって表れていたりするところも面白く、独特の動きのある曼陀羅的な空間が生まれている。デッサンの的確さと構図の面白さに注目した。

8室

 根本恒子「生命あるもの 13─B」。紫陽花をモチーフとしながら、それを組み合わせて、独特の抽象的画面をつくっている。赤や紫、グレー、青などの様々な色彩によって紫陽花が描かれている。そして、枯れかかっているもの、満開のものといった時間の推移もそこにあらわれてくる。そして、集合しながら、ある花の命ともいうべきもののイメージを画家はうたいあげる。単にそれを再現するのではなく、時間軸の中に表現することによって、和歌にもつながるような空間が生まれる。

 鈴木恭子「変容」。下方にコブラのような蛇が立ち上がっている。三匹前後していて、あやしい雰囲気である。上方に大きな青い宝石を思わせるようなフォルムが四つの玉をつないで下方に垂れてきている。蛇はユング的イメージのなかではしばしば宝を守るものとしてあらわれてくる。この作品もそのようなきわめて貴重なものを守る存在として蛇があらわれているように感じられる。上方の五つの青い球体に、筆者は宝石や勾玉のイメージをしぜんと感じる。内界にあるきわめて貴重な存在に向かって画家の想像力は静かに浸透していく。

9室

 勢〆修「束の間の瞬間」。六、七歳の少女のようなイメージで、横になって膝と頭を接近させている。いわゆる胎児のポーズである。その周りにもっと小さな幼児の群像があり、下方には地平線まで続く樹木や湿地帯のようなイメージなどもあらわれて、時の中から浮かび上がってくるイメージをピックアップして構成したような雰囲気がある。空間と時間軸がクロスするところにあらわれるモニュマン的なコンポジションとして面白く感じる。

 久住敏之「祈り」。画面の中心に緑のドレスを着た女性が立っている。この緑の色彩としわによって不思議なオーラが発しているように感じられる。ほとんど正面を向いたシンメトリックなフォルムであるが、すこし右のほうを向いている。後ろに左右二つのアーチ状の窓があけられ、海が見える。島もまた対照的になっていて、そのシンメトリックな、いわば求心的であると同時に放射的でもある動きを利用しながら、強い内的な力が画面から発している。それを強調するように床も黒とベージュの市松模様になっている。隠れ切支丹をテーマとして描いてきたという。抑圧され、隠しているために、より信仰に対するエネルギーが強まる。そういった内向することによってあらわれてくる人間の精神性とかエネルギーを面白く表現しながら、なおそこに強い浪漫性があらわれているところが面白い。

第40回記念遙玄展

(12月13日~12月20日/東京都美術館)

文/高山淳

 遙玄展も四十回になった。森本遙が二〇〇四年に亡くなって、足掛け十年になる。これまでの作品がずいぶん並んでいる。懐かしい気持ちに襲われた。昔、見て脳髄のように思った大きな作品「早春の譜」も懐かしい。そして、亡くなる一年前の二〇〇三年の淡墨の中に不思議な強い韻律を見せる「雪影」を見ると、画家の上り詰めた心境がうかがえる。省筆の中に自然のもつ気配を見事に表現している。いわば具象の果てにある抽象との境界領域の仕事と言ってよいかもしれない。筆者はずいぶん森本先生にかわいがられた。懐かしく一点一点を拝見した。

1室

 丸本千尋「安芸の宮島」。海に立つ鳥居や神殿。鳥居を中景に見て、宮島の社のほうから眺めた構図である。それぞれの位置にある微妙なカーヴをもつ屋根の様子が構図のポイントとなっている。また、下方の縁台のような構造や柱がそれに加わって、独特のリズムをつくる。柔らかな光が差し込んでいるようだ。その光の中に千年を超える宮島の建物の様子がしっかりと浮かび上がり、独特のきらきらとしたイメージをつくりだす。

 川西重治「剱岳」文部科学大臣賞。飛行機の上から眺めたような独特の構図になっている。剱岳の頂上から下方に行く様子、その鋭利な稜線を中心として画面をまとめている。下方は霧の中で描かれていず、その頂上の向こうに金が入っているのが神々しいイメージを表す。朝日の中に静かに現れる剱岳をイメージしたのだろうか。

 橋谷昌子「耐えて」東京都知事賞。ソメイヨシノと思われる桜が枝を広げている様子を生き生きと描く。ところどころ雪が積もっている。地面もふかぶかとした雪の様子で、中景にも雑木が立ち並んでいる。その屈曲し、曲線を描く樹木のハーモニーともいうべきコンポジションが面白い。冬のなかの樹木の生きている姿をよく表現する。

 森本紫雪「夏の日」。四曲屛風である。左上方に峰をもつ山がずっしりとした存在感のなかに表現されている。濃墨の中に対象のフォルムに従って墨の微妙な濃淡が置かれ、奥行が生まれる。山の存在感がこの作品のポイントとなっている。その手前に雲が浮かんでいる。前景に低い丘のような山があり、針葉樹が連なっている。道は白く輝いている。強い光があらわれ、また雲の中に消えるという、夏の一刻の様子が生き生きと表現されている。空のたらし込みによる表現があわあわとして面白い。雲がぐんぐん速く動いていく様子がよく表現されている。その変化に対して山のずっしりとした存在感が対照される。そして、雲間から光が下りて、いますこし雲の中に太陽が入ったような、そんな一刻である。静寂の中に不思議な強さが感じられる。手前の道の輝くような白い様子が紙の地色を生かしながら空と対照されて、実に鮮やかな構成の軸になっている。

 長嶋節子「遙なり、道」。道がずっと向こうに続いている。一度下降し、また隆起して丘の向こうに続く様子が強い遠近感の中に表現される。北海道の風景だろうか。周りの雑草の部分だけが褐色に彩色されているのも面白い。点々とあいだに広葉樹が立っている様子が、遠近感を示すと同時に構図のポイントとなっている。それ以外は淡墨で、畑や起伏する地面の様子や遠景の山を描く。

 松村幸代「白波」。島は岩でできていて、その頂上に樹木が生えている。裸木と針葉樹がともに生えている様子が、なにか不思議な様子を示す。激しく波が寄せている様子が動的な気配を見せる。遠景を見ると、高い山があらわれて、そこは雪をかぶっている様子。光の扱いが面白く、光と波の動きに対して、高く聳える白い山が不思議な存在感を示す。一種シュールな味わいさえも感じられる。

 千嵐文章「富岳」。裾が広がる富士の全体の量感をよく捉えている。雪が積もっている様子で、その柔らかな雪の感じがまた清潔で気高い表情を見せる。その雪に対して、雪を抱いていない山肌は黒々と描かれ、手前には雲海を置き、上方にも雲が騒いでいるような様子で、その中にハイライトの富士の峰が聳える。

 齊藤澄子「静寂」。風が吹いて、雪が上方に舞っているような雰囲気でもあるし、霧が立ち込めているような雰囲気で、その白いあわあわとした気体の様子がよく表現されている。しかも絵の中ではそれは現在進行形で、動きつつあるような動勢を示す。右下に裸木が並んでいる様子が、その全体の霧のフォルムの脇役として優れた効果を示す。また、下方の畑や田圃と思われる地面の様子も暗示的に描かれ、奥行がある。

2室

 柳文子「雪の朝」第四十回記念賞。一本の老松を描いている。太い幹から伸びる枝が屈曲して、面白いフォルムを示す。そこに雪が積もっている。そののたうつ幹から枝、梢にわたる様子は、まるで龍の胴体から伸びる手足のような怪異な雰囲気を示す。それに対して積もった雪の柔らかな様子が、まるでこの松を荘厳しているような不思議なオーラの中に表現されている。バックも淡墨を中心としている。その中から雪がまさに光り輝いているようなイメージで、この屈曲した長い歳月の中に生きてきた松のフォルムの上に置かれているのが、実にユニークな雰囲気を醸し出す。

 出店康子「紫陽花」。満開の紫陽花が柔らかく咲いている様子。まるで月の光が差し込んでいるような柔らかな墨色が、ロマンティックな雰囲気を見せる。対象のフォルムをしっかり捉えながら、画面全体に漂う香気ともいうべきものがこの作品の魅力だろう。

 村上志久「山眠る」。高く聳える山があり、雪をかぶっている。下方には水が流れている。その周りの雑木。そして、右のほうに一本高く聳える樹木。淡墨を中心として清潔な雰囲気のなかに独特の韻律を示す。水の流れや白い山の周りを囲む空気の動き、あるいは立つ樹木や小さな雑木なども含めて、すべてが独特の清潔なリズムの中に表現される。

 原田政志「冬の山河」。地面も山もすべて雪化粧である。その白がグレーの空と静かに流れる水に挟まれて、気高く、なにか懐かしい。右のほうに合掌造りのような建物が何棟も並び、そこも雪に覆われている。三好達治の「太郎をねむらせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。二郎をねむらせ、二郎の屋根に雪ふりつむ。」といった詩のもつ、ノスタルジックでロマンティックなイメージが漂うようだ。

 嶋田津賀子「朝霧」第四十回記念賞。水草が伸びている向こうにたくさんの鷺が群れている。霧が立っている。そんなあわあわとした雰囲気のなかに動く鷺が、まるで幻想のように表現される。そう思いながら上方を見ると、そこに山が闇の中に沈んでいるような、不思議な雰囲気である。山はまだ夜の世界で、いま朝が来て霧が立っているといった、そんなイメージの中に鷺が不思議な会話をしているようだ。構成が面白い。

 杉山春「渓谷に憩う」。水が向こうから手前に流れてきている。ところどころ岩が出て、そこで落差ができ、水が激しく泡立っている。遠景では霧の中に向こうの山が霞んでいる。手前の地面から川に向かって生える樹木には、若葉が生えているような様子。淡墨の中に空気遠近法で表現しながら、静かに谷川のせせらぎを画面の中に鳴らしているような、そんな雅やかな空間に注目。

 萩生田慧美子「動と静」。巨大な山の肌のもつ形が上方に面白く表現されている。そこにあるダイナミックな面と面とのせめぎあいによる動きと量が見事に表現されている。それに対して手前は、複雑な変化を見せる地面に雪が積もり、針葉樹が立っている。その針葉樹の連続した柔らかなリズムに対して、その向こうにある山の斜面の動的な力強い男性的な動きとフォルムが対照されて、面白い。空をあえて描かずに、現実のものとものとのせめぎあいのなかに山の奥にある空間をつくる。淡墨から濃墨にわたる墨色に色彩を感じさせる。

3室

 渡辺礼子「湖畔に佇んで」。六曲の屛風である。風景のパノラマ的表現と言ってよい。中心にゆっくり流れる川が左右に伸びている。右のほうにはすこし高い山があり、遠景には白い霧に霞んだような山が柔らかな稜線を占める。そのあいだに植物が生え樹木が生えている様子が、うっとりとしたような淡墨の中に表現され、ところどころ樹木の濃墨が映える。穏やかな中にゆったりとした繰り返されるようなリズムがある。

 高嶋志保恵「長閑」東京都議会議長賞。田圃に水がたまっている。そこにある畦道のフォルムが造形的な美しさとして画面に引き寄せられる。中景には針葉樹が幾本も立ち、遠景はすこし霞んだ中にある山の斜面になっている。水に映る空や針葉樹の様子が面白い。その柔らかな影絵のようなイメージの中に静かな表情を見せる水が面白く清潔に描かれる。

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