美術の窓

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公募展便り(2013年10月号)

美術の窓 2013年10月号

第25回記念

現代パステル協会展

(8月2日〜8月10日/東京都美術館)

文/磯部靖

1室

 さきやあきら「景」。量感のある大きな岩を画面に大きく描いている。岩の表面には所々に灰白色の斑点があり、光が差す向かって右側の側面にはたくさん施されている。岩自体には緑や紫、青などの色彩も施されていて、全体で実に豊かな表情を作り出している。また、下方には小さな白い花が点々と咲き、それもまた細やかである。長い時間この場所で孤独に存在し続けてきた岩には、ある種の人間臭ささえ内包されているようで印象深い。

 松田登「スキーヤー達」。一面の銀世界を背景にして、手前にスキー用の服装を着た六人の男女の顔が大きく描かれている。それが三角形の構図を作り出し、画面を安定させている。スキーヤーたちの衣服は色彩豊かで、それが背後の輝くような白と相俟って、作品をより活性化させているようだ。独特の群像表現として注目した。

 岩井弘則「女」。顔を隠してこちらを向いた裸婦を正面に置き、その背後に背中合わせでもう一人描いている。画面の左側にも人体が少し覗いていて、こちらは男性かも知れない。力強く柔軟な太い線によって象られた女性は、しなやかな動きを孕んでいるようだ。それがやわらかな色彩と共に、女性の持つミステリアスな魅力を訴えかけてくる。

 一の瀬洋「武蔵野」。下方に低く地平線を置いて、空の部分を大きくとっている。空には雲が濛々と立ちこめ、その中にうっすらと小さな太陽が見える。また雲の隙間から覗く空は、黄金を思わせる色彩である。妖しく、また幻想的な雰囲気を感じさせる。描かれてはいないが、この地に暮らす人々の人間臭さがそこに重ねられているようなところが特に興味深い。

 髙木匡子「立春のころ」。横長の画面にやつでを描いている。明るい陽の光に照らされた葉や実は、その生命を謳歌するかのようにキラキラと輝いている。繊細に色彩を重ねながら、光と影の関係をうまく扱った佳作である。

 大河原晶子「漁村風景」文部科学大臣賞。漁村にある家屋をやわらかなタッチで描き出している。緑がかった青を効果的に彩色している。家屋は雨ざらしで、すでに使われていないのかも知れない。いずれにせよこの風景を見た時の新鮮な印象をそのままに描き出した筆力に感心させられた。

 岩崎光子「花の精 No.‌12」第25回展記念賞。縦長の画面の中央に灰白色の花々が浮かび上がるように描かれている。周囲は一転して暗くなっていて、その強いコントラストが鑑賞者の目を惹き付ける。どこか陰の気配を感じさせながらも、花には精気が宿り、それにささえられた美そのものを象徴することによる確かな存在感を発信してくる。

 山村道子「MEMORY 2013」会員佳作賞。茶系の色彩を基調にしながら、そこに黄や水色などを繊細に入れていっている。強い抽象性を帯びながらも、そこには風景や人物的要素が見え隠れする。それは画家の中にある記憶の断片であり、イメージの結晶である。特に中央やや下方のもっとも明るくなっている部分にそういった記憶の源泉があるように思われるところが特におもしろい。

 細野基子「刻の語り部」。画面の中央に銅鏡を思わせる円形のフォルムがいくつか重ねられている。それを中心としながら、周囲に土器などの遺物が浮かび上がっては消えていくように繊細に描かれている。しっかりとしたマチエールを施しながら、そこに時間と存在というものの概念を重ね合わせているところが見所である。

 森本克彦「上七軒 市桃」。舞を舞う和服の女性の全身像である。ゆっくりとしたその動きがしなやかに捉えられている。花の意匠がこらされた寒色系の着物とピンクの帯が茶系の襖をバックに映える。目線を落とした女性の表情もまた魅力的である。確かな写実性の中に、そういった巧みな構成が効果を発揮している作品である。

 辻本雅愛「favori」現代パステル協会賞。いくつかの葡萄を画面に配置し、その周囲を装飾している。それはどこか楽曲を奏でるようなイメージである。淡い色彩を変化させながらメロディを追い、それが左右に広がっていく。見ていて心地よい印象を受ける。

 小林順子「宙(SORA)」。白いワンピースを着た女性が背後の夜空を振り返って見上げている。その視線の先には星が流れている。宇宙の悠久に限りなく近い時間の流れと、人間の儚い命という対比が、背後の空間に込められているようだ。しかしながら人生は長く、これまでのそれを彼女は振り返っているのかも知れない。透明感のある青から水色の色彩に丁寧に変化を付けながら、深い情感を引き寄せている。

2室

 藤﨑典子「待つ」。実に繊細に色彩を重ねながら奥行きのある画面を作り出している。そこに入れられた線書きも相俟って、風景が浮かび上がってくるようだ。その線と色彩の重なりが絶妙で、そこには少しずつ変化していく時間の流れが刻まれている。独特のイメージであり表現である。

 石坂宏「夜景 2013」。広がる夜景をロマンチックに描いている。青みがかった暗闇の中で、点々と光る明かりが実に幻想的である。奥に向かって少しずつ高くなっていき、丘の方では夜空の星々を思わせる煌めきが見える。幻想的でありながらもそこで暮らす人々の気配が感じられ、鑑賞者の旅情を誘う。

3室

 今田洋子「アトリエの庭」。コクのある緑や黄緑の色彩に見応えを感じる。少しずつ赤やピンクなどが入れられていて、それがテンポの良いリズムを作り出している。それぞれの草木がまとまって一つのフォルムを形成し、それがこんもりとした量感を持っているところが特におもしろい。

 田村公男「祭りの情景」会員佳作賞。祭で賑わう街の情景を描いている。海外の街を描いた作品が多かったが、今回は国内の風景である。露天が並び、山車が出る、その喧噪が聞こえてくるようだ。鮮やかながらも落ち着いた色彩をうまく使いこなしているところも、田村作品の魅力の一つである。人物の腰の位置に視点を合わせた安定した構図の中にある、そういった臨場感が鑑賞者を魅了する。

6室

 粷谷直美「不思議の森」。不思議の国のアリスをテーマに描いている。トランプやウサギ、カエルなどが躍動感を持って動き、それをアリスは見つめている。その愛らしい表情や姿に強く惹き付けられる。どこかミステリアスな雰囲気を漂わせつつも、画面全体で一つの物語性を獲得している。

 松香桃子「追憶のアリゾナ」。独特のフォルムを持ったサボテンをシルエットで描いている。その向こうの地平線はかなり下方に持ってきていて、ピンクから青へと向かうグラデーションで空を描いている。空に浮かぶ欠けた月を頂点とした三角形の構図の中で、鑑賞者に強い印象を残す魅力がこの作品にはある。

第14回日本・フランス

現代美術世界展

(8月7日〜8月18日/国立新美術館)

文/磯部靖

4室

 冨美七朗「幻想」。冨美作品特有の強いデフォルメによって人物が描かれている。どこかロボットを思わせる様子がおもしろい。人間以上の力を出し、疲れることなく働く。そういう意味では、理想ともいえる存在である。それを堅牢なマチエールで描きながら、画家自身の想いが重ねられているのかもしれない。力強くもどこか切ない印象を受け、記憶に残る。

 岩谷富男「微かな叫び」。仮面を付けた男がこちらに迫ってくるようだ。身体は青く染められ、手をだらりと下げている。周囲はオレンジでドリッピングされ、顔がうっすらと浮かんでいる。亡くなってしまった者への想いをこの男は叫んでいるのだろうか、強い情感が込められた作品である。

5室

 佐藤喬「エコロジー・ジャパン '04《海》No.‌33」。漢字を形象化し、それが持つ意味をイメージで投影するのが佐藤作品である。今回は「海」をイメージした作品である。清々しい青の色彩を基調にしながら、そこに波や魚を思わせるフォルムを重ね、鑑賞者をその作品世界へと誘う。

9室

 青山繁「波うつ水面」。画面の下方に数匹の鯉が戯れている。その動きが波紋を作り、四方に広がっていく。右上方からは金色の鯉が泳いできていて、さらに左上方からも波が寄せている。その随所で交錯していく波の重なり合いが、独特の動きとテンポを作品に引き寄せているところが特に見所である。

11室

 筒井義明「イズマイ '13」。朱の袢纏のような衣服を着た女性が座って本を読んでいる。長い髪に隠されて、その表情は見えない。足は肌が露出されていて、色気と共にミステリアスな雰囲気を漂わせている。肌や髪、服の繊細な描写と裏腹に、周囲の風景は強い抽象性を孕んでいるところもまたおもしろい。この女性がどんな顔をしていて、どこにいるのか。そういった鑑賞者の好奇心を搔き立てる魅力がある。

 熊谷睦男「延年の舞・老女〈鎮魂  IX〉」。一人の老女が舞い、その背後には仏が並んでいる。画家の在住する岩手の延年の舞いは国の重要無形文化財にも指定されており、熊谷作品の長いモチーフである。下方の地平線に瓦礫が見えるように、東日本大震災以降このモチーフに深い祈りを込めて描いている。死者への弔いの気持ちを重ねた老女のゆっくりとした動きが、深く瞑想するような気配を画面に引き寄せているようだ。今回は、青のバックになっていて、それが津波をイメージさせるところが特に興味深い。

12室

 大波久夫「夢想の里」。濃墨によって強い動きを作り出しながら、背後には薄墨を滲ませて調子を作りだしている。そこに細やかに赤や青を置いていき、どこか幻想的な世界を描き出している。余白もまた独特の間を作りだしていて印象深い。

 永名二委「秋保大滝」。奥の滝から流れ落ちる水が、蛇行しながらこちらに向かって流れてきている。全体的に淡いグラデーションで墨を扱っているが、それが水の細やかな表情をしっかりと鑑賞者にイメージさせる。そのスピードをつけた動きが、強い臨場感を引き寄せ、見応えのあるものにしている。

13室

 高田墨山「儚(はかない)」。高田作品特有の激しい動きが鑑賞者を惹き付ける。しかしその中には、どこか緩やかな部分があり、特に左下の薄墨のあたりには一呼吸するような感覚を覚える。人の夢、と書いて儚いと言うが、そういったある種の勢いとその後の無情さが強く伝わってくる作品である。

第9回世界絵画大賞展

(8月12日〜8月20日/東京都美術館)

文/磯部靖

1室

 関口倫世「記憶の庭」大賞。路上でポーズを取る親子の姿が画面の中央に描かれている。何気ない日常の一コマであるが、その画面は青みがかった影によって浸食されつつある。かつてあった記憶が年々薄れていくその状況を思わせる。あたたかいイメージがその浸食によってどこか寂しさを伴っているところが印象的である。大胆な画面構成に惹かれる。

2室

 ねねのりこ「昭和時代」。昭和初期の食卓を少し斜め上からの視点で描いている。円形のちゃぶ台の中央に鍋があって、その周囲に椀が並んでいる。人間の姿は描かれていないが、どうやら食事をしているようである。ちゃぶ台の周囲には座布団があり、画面全体でどこか抽象的な印象を受けるところがおもしろい。クリアに対象を描き出しているところもまた好感を持つ。

3室

 阪元沙耶香「ハートの火をつけて」優秀賞。上半身だけ服を着た少女がうつぶせに寝そべっている。その様子をその下にいる男が覗いている。若い男女の駆け引きを独特の描写と構成で物語風に描き出しているところに注目した。

4室

 今崎幸一「ケッコントオンセン」佐々木豊賞。画面を四つのパートに分けて、新婚旅行の場面を描いている。そのユーモラスで明るいイメージが強く印象に残る。グイグイと厚く絵具を重ねながらも鮮やかな色彩を扱っているところもまたよい。

 原太一「五番街」。画面の右側に若い女性、左側には街並みが見える。風景と人物で描き方を変えているところが興味深い。風景はこの女性の想像なのだろうか。画面を効果的に組み立てて構成する、画家の絵画力に注目。

 あべゆか「Sorry for love to party」絹谷幸二賞。女の子を食べようとしているワニが大きく描かれている。その大胆な構成とイメージが力強い。赤と青の強いコントラストもそれに輪をかけて、画家の世界観を鑑賞者に強く発信してくる。

5室

 大隈伸也「四畳半」遠藤彰子賞。作者自身の部屋だろうか。その雑多で生活感の溢れる所にリアリティを感じさせる。しかしながら、この部屋を主観的ではなく、客観的に距離を置いて淡々と描き出しているところに、この作品のおもしろさがあると思う。

6室

 重松ふら乃「手品師の部屋」本江邦夫賞。怪しい雰囲気の漂う舞台に強く惹き付けられる。脇に置いてある台には首がのっていて、背後は風景である。繊細に描きながら、自身のイメージをうまく作品に表現しているところに筆力を感じる。

 井出三太「希望」。箱の中に沢山の妖怪が詰め込まれている。その一つひとつの様子が実に生き生きと描かれている。そして上方に鳩が飛んで行っている。不安が跋扈する現実を暗示しながら、そこに希望を見せている。そういった寓意的な演出が独特であり、オリジナリティを感じる。

創立50周年記念

近代美術協会展

(8月21日〜8月30日/東京都美術館)

文/高山淳

1室

 西炎子「パッション1303」。噴出するエネルギーがそのまま絵具と化して画面の中に置かれる。とくに黄色の輝きが魅力。白は汚れなき清水のようなイノセントな様子。上下の深い青の中にグレー、白のフォルムが左右にわたり、右側に黄色い色彩が塗りこめられ、上方に青なども置かれている。巨大な花束を天空からもぎ取って眼前に置いたような、不思議な美しさが感じられる。

 堀江進「MUGEN-1013-1」。縦長の画面には布のようなものをコラージュした上から黒や黄色、白などの絵具が塗りこめられている。その右側に三つの正方形の画面があり、上方が黒、中が赤、下方が黄色で、左に使われている色彩の一部が拡大されピックアップされて、輝くように置かれている。左の動きのある表現に対して、右のほうはその部分を拡大して夢を見ているような雰囲気。紐のようなものがコラージュされて、独特の質感とフォルムがあらわれる。自然というもののもつ力を直感的に把握し、それを引き寄せたところから構成が生まれたものと思われる。

 藤岡絵里「千の風になって」。三点対で、向かって右側は「花は咲く」、左にはやはり「花は咲く」という題の人間や花を思わせるようなフォルムがあらわれていて、中心にはまさに「千の風になって」といった題名のように強い動きのある様子があらわれている。無数のものが風という因子になって、画面の中を動いていく。一つひとつの粒子は一つひとつの精霊や魂のようなイメージなのかもしれない。いずれにしても、現実の世界の地上的な存在が死に、輪廻する。魂と化しながら、またよみがえってくるような、東洋的な思想がこの作品の背後にあるようだ。その意味では一種の深い曼陀羅的表現と言ってよいかもしれない。

 中野宗夫「祭りの夜」。上下二点出品である。赤を中心とした深い叙情をたたえた作品。風景の中に建物やテーブルなどの様々なものがあり、川があり、空に月が浮かんでいるといった趣である。赤い月の夜の幻想といった独特の詩的なヴィジョンが面白い。

第51回全展

(8月21日〜8月30日/東京都美術館)

文/高山淳・磯部靖

1室

 井出昭「夜明けと共に」。画面の右奥から波が寄せる海岸風景である。新鮮な陽の光に海面はキラキラと輝いている。シンプルな色彩の扱いながら、強い臨場感を孕んでいる。繊細な筆の扱いもまた、その臨場感を支えている。(磯部靖)

 織田玲子「成就院(鎌倉)」。手前から奥に向かって階段が降りていっている。両脇にはアジサイが咲き、斜面に挟まれている。そしてその向こうには海が見える。ドラマチックな画面構成である。そこに色彩の輝きがある。画家自身がこの風景にいたく感動したことが強く伝わってくる。(磯部靖)

2室

 風間徹志「聳立」。今は使われなくなった背の高い廃屋が大きく描かれている。その細部までしっかりと描き込みながら、どこか寂しさを覚える雰囲気を作りだしている。家屋は少し傾きながらも、懸命に建ち続けているようだ。そういった擬人化されたイメージが強く印象に残る。(磯部靖)

3室

 鈴木文雄「夕映え(羊蹄山)」。遠景にそびえる羊蹄山に向かって蛇行しながら道が続いていっている。周囲には雪が残り、少し青みがかったその表情が気持ちよい。また、空の描写が他の部分とは違っているところもおもしろい。画面全体を満たす澄んだ空気感もまた清々しい。(磯部靖)

 柴田淳「麗らかな日々」。赤いソファに一人の女性がこちらを向いて座っている。その表情はどこか物憂げである。背後の窓からはうっすらと日が差し込み、ゆるやかな陰翳を作りだしている。そういった中で、ソファの赤が浮くことなく画面に馴染みながら存在感を保っている。静謐な雰囲気の中のそういった細やかな演出がこの作品の魅力の一つでもある。(磯部靖)

4室

 大林せつ子「上野恩賜公園・早朝の光」。樹木の向こうから巨大な太陽が昇っている。金で表現されている。何か美しきものがいま誕生しつつあるといった雰囲気で、しぜんと合掌したくなるような宗教性が感じられる。近景には太い裸木が何本か立ち、小さな家があり、小道もあるようだ。上野の鷗外荘の六階から眺めた景色だという。画家の独特の詩心がそれをこのような無人の中の不思議な風景に昇華した。上方はセルリアン系の淡いブルーの空があらわれて、その空と太陽とのあいだに金色や柔らかな朱色がは刷かれていて、下方の黒と群青の逆光の樹木と対照される。そのあたりの色彩の変化、刻々と変わる夜明けの空の中に、神的なものがいま生まれつつあるといった、そんな強い表現に感心した。(高山淳)

 小山隆司「弥勒説法図」内閣総理大臣賞。弥勒菩薩を中心に画面が展開している。どこか舞台を思わせる画面構成が独特でおもしろい。天井画のようだが、その周囲の全てが弥勒菩薩に収斂していくような構成である。そういった画家のイメージを通ることによって、生き生きとした絵画作品として現れてきたところに注目した。(磯部靖)

7室

 六浦和宏「M町にて」。大きな建物を遠景に見た街並みの風景を描いている。その建物は少し黄みがかっている。どこか昔を回顧するようなノスタルジーを感じさせる。やわらかな色彩の扱いもまた魅力。(磯部靖)

第49回白士会展

(8月22日〜8月30日/東京都美術館)

文/高山淳

1室

 鈴木三枝子「神々座まししところ」。昔の井戸だという。岩を掘り進んで階段をつくって、下方の井戸の水に向かう。その石段と四方の壁のもつ圧倒的な力が画面の中によく表現されている。そして、下方に矩形の深い緑の色調をたたえた水がある。上方の箔を使った上からの独特の彩色による表現に対して、下方の水の神秘的なほどの味わいをもつ緑が、宝石のように表現されている。

 伊丹靖夫「放浪の視界『凪』」。岸壁の側面にタイヤのようなものが三つ吊るされている。水が下方でたゆたっている様子をじっと画家は眺める。岸壁の向こうはもっと柔らかな調子で、波が静かに寄せている。その透明感のある水と、手前の悩みを考えこんでいるような水の表情が対比される。そこには岸壁やタイヤの黒などの色調を映した映像が壊れてグレーや黒の不思議な文様があらわれている。その上方の岸壁の赤褐色の調子がまた面白い。地熱をもっているようなイメージがしぜんと感じられる。一つの水の表情に一つの心を解放する。あるいは、それを心のメタファーとして象徴的に表す。日本人が和歌によって繰り返し表現してきたそんな表現方法を、絵画の上に画家は解放する。画面全体に不思議な空間があらわれ、茫漠たるトーンの中に動きがあらわれ、きょうという日と過ぎてしまった日々、そして未来がこの水の中に混沌としてあらわれてくるように感じられる。水の表情が詩人の脳裏にある空間と重なるようだ。

 河村明美「菊径村集落(婺源)」準会員努力賞。白い漆喰の壁に瓦屋根の家屋が集合した集落の周りを、水が取り囲んでいる。集落が全体で満月のようなイメージとして画面の中に浮かび上がる。そこにあらわれてくるメロディともいうべきものが面白く表現されている。

 白井富子「祈り」。ドイツのある教会。ステンドグラスをテーマにしたもの。上方に十字の黄金色の文様が見える。下方にキリストを抱くマリアの像。それらは黒の点描の中に表現される。とくにマリア像が黒の点描の中に描かれ、フォルムが白によって表現され、ポジとネガが反転するような雰囲気が、原爆投下の時の激しい光線を連想させる。一瞬にして崩壊した長崎の教会のイメージが、ドイツのこの教会から感じられる。ステンドグラスの中に白黒の不思議な文様が描かれているのは、魂が集まっているようだ。深い祈りのイメージが強く画面から発せられる。

 大島千恵「上海・老街」。古びた壁。傾いた窓。上方のバラックのようなテラスに洗濯物が干されている。下方に杖をつく老人の歩む姿。上海の一隅が活写される。光が差し込み、明暗があらわれ、その光によってこのバラックのような街が照らされることによって、単なるスラムではない、ある聖性ともいうべきイメージがその光によって引き寄せられるところが面白い。

 堀美年子「Lesson」。チェロとピアノとヴァイオリンのトリオ。手前の二人の女性はセーラー服姿。その向こうでピアノを弾いているのが、若い先生だろうか。指の先まできっちりと描いている。そのディテールに独特の美的なセンスが感じられる。背景は金の箔を押したもの。それによって三人の女性たちが荘厳され、どこかイコン的なイメージも表れる。いずれにしても、柔らかな三人の女性のフォルムの組み合わせにより、エレガントなイメージがあらわれているところが魅力。

 中井智子「菜の花の咲く頃―婺源(ぶげん)」白士会賞・会友推挙。石畳の道。途中、川の上には板が載せられている。両側に菜の花が咲き、中景には白い漆喰の壁のある建物。天秤棒を担いだ女性が歩いていく。のどかな中に独特の緊張感が感じられる。それはそれぞれの対象のディテールをおろそかにせず描き、構成するところからあらわれてくるものだろう。

 杉山博子「祈り Ⅱ」。ハーフトーンの色彩が独特のハーモニーをつくる。気根のある樹木。三羽の白い鳥が空を飛び、下方に花の大きな首飾りをつけた青いワンピースを着た女性が立っている。樹木や花と、あるいは鳥とこの女性はハーモナイズし、まるで自然の一部のように立っている。深い調和的なイメージが柔らかな色彩とともに鑑賞者を引き寄せる。

2室

 加藤哲男「越後緑豊かに」。パノラマである。低い山の手前に水田がある。一部田植えがされているが、田植えのされていない棚田は水を張ったままで、空を映して青みがかったグレーに輝いている。中景にはピンクの花も咲き、針葉樹が立ち、黄色い花や茶褐色の畦道などが描かれ、全体でふくよかな中に懐かしい日本の田園風景が表現される。低い山の柔らかな稜線。そこにはえる雑木は、新鮮な緑に染まっている。上方の銀を置いたものと思われるグレーの内側から静かに光り輝くような空が、下方の緑と対照されて独特の強さを表す。

 加藤眞惠「風の癒し(Ⅰ)」。日本髪を結った女性が着物を着ている。肩がそっくり出るようにすこししどけなく着物が置かれ、その中心に柱のようなものが現れ、月が浮かんでいる。下方には蓮の花が咲いている。水を思わせるような銀の中に雨を思わせるような文様がある。この女性全体が蓮のうてなの上にいるかのごとき、そんなイメージも感じられる。赤や青、黄色、金色などを色彩豊かに使いながら、蓮と水と月といったイメージと重なるような女人の慈愛に満ちた、そこにはすこしエロスも入っている、そんな像を描きながら、画家独自の仏画的な空間をつくる。

 鈴木喜家「地韻―幻景その2―」。バックは黄金色で、黄金色の空間の中から濃い紫色のシルエットが立ち上がり、山をつくり、奇岩をつくる。黄金色は霧や空間、光など、様々な要素を表す。かつては海の中にあったものが隆起して、このような光景になったと言われるが、そんな大地のもつ歴史といったイメージもしぜんと感じられる。

 鈴木由紀子「祭」。天狗の面やお多福の面をかぶった十人近い人々が両側に炎を置いて踊り狂っている。白い小さな刀のようなものを持っている。白装束である。その中に能衣装のような金襴緞子の衣装も混じる。三河にはこのようなお祭りがあるのだろうか。それぞれの人々のフォルムを追いながら、長く伝統のなかに培われてきた祭りの不思議な命ともいうべきエネルギーを脂っこく、生き生きと表現する。輪になった群像の構成が面白い。

3室

 島田万亀子「イマージュ」。道を歩く女性。花柄の衣装をつけている。その胸のあたりの赤や青い桔梗のような花、黒い牡丹のような不思議な花模様が、この女性の衣装を透過して、もう一つの世界を引き寄せているようなあやしさがある。街を歩くこの女性のもつある霊的なイメージが、この衣装の花の中に表れているように感じられる。白い女性の肌が独特の質感をもち、ある肉感性を引き寄せる。背後の白い建物や道の、さらしたような光が面白い。現実の時間を失い、イメージの光がそこにあらわれ、この女性を取り囲む。

 坂倉由一「柱想」。中国のお寺の内部のような不思議な活気が感じられる。中心の柱にまとわりついている龍のようなフォルム。大きな漢字があり、様々な極彩色のものが置かれたにぎやかな室内。花さえもそこから浮かび上がってくる。道教的な空間がこの絵画空間の中に活性化されて、面白く感じられる。

 鵜飼千佐子「衡・Ⅱ」。若い男性が座っている。座っている台は描かれていない。無地のベージュの空間の中に線によってこの男性のフォルムを引き、白いシャツやグレーの上衣、緑のパンツなどの彩色をする。肌のジョンブリヤン系の色彩。線が生きている。藤田嗣治の線とはまた違った面白さと言ってよい。空間の中に位置する線がある立体を表現する。そして、この男性のもつ生気ともいうべき見えないエネルギーをその線が捉える。

5室

 杉山律夫「一文字」。居合の型なのだろうか。鞘から真剣を抜いて構えたその姿勢をほぼ正方形の画面の中にしっかりと描きながら、独特の強さを表す。両手、両足のそれぞれのポジション。低く腰を据えたポーズ。全身的な気が内側から放射してくるような、そんなポーズであると同時に、肖像画と言ってもよい人物表現になっている。

 岩原良仁「ジャンプ」。岩原良仁は二点出品で、妖精的な女性の魅力を表す。後ろにオーレオリン系の色彩があらわれているのが面白い。そのオーレオリン系のオレンジ系の色彩と寒色のグレーとが響き合う中にしっとりとした雰囲気があらわれる。「ジャンプ」は、長い髪が胸までかかっている少女が両足をそろえてジャンプした瞬間の様子で、まるで妖精である。左手はすこし開き、右手はすこし閉じて、両足をくっつけて飛んだ様子。長い黒髪の中から女性の肌が静かに輝くような雰囲気である。この少女の中に命というものの不思議さを画家は見つめている。もう一点は、雨の日、白い傘を差して、肩にバッグを掛けた少女の像である。動きのない静かに立ったポーズであるが、傘がまるで後光のように、花曇りのように光の射した愛らしい像である。この作品もまたフォルム以上に色彩のもつ微妙なハーモニーが魅力である。

 飯田史朗「廃墟のマテーラ」。動きのある画面。オレンジ色の大きな建物は宮殿のようだ。その中にまた屋根があり建物がある。向こうに鐘楼と思われる尖塔が立っている。黄土系から黄金色、オレンジ色の色彩によるそのフォルムに対して、左には銀灰色がベースとなって階段があり、塀があり、建物がある。近景の左側には、塀の向こうから暗い窓が浮かび上がる。それに対して、右のほうにはマテーラのなにもない起伏のある地面の様子がピンクの中に茫漠として表現されている。その下方には穴居のような昔の住処があるのだろうか。空は赤く染まっている。空の赤に対して、前述したように黄金色、両側の白と紫といった大きな色彩の変化があり、その中に一万年にわたる歴史があるというマテーラのもつ独特の雰囲気が立ち上がってくる。じっと眺めていると、白い建物は夜の世界で、黄金色の建物が昼の世界で、右のほうには夕闇の頃の紫色の世界、というように、一つの風景の中に移ろう時間が併置されているようにも思われる。上方の赤い朝焼けを思わせるような空が深いノスタルジックな感情を引き起こす。

6室

 高橋弘子「赤い街(モロッコ)」。素朴な二階建ての家屋が続いている。そのY字路ともいうべきところに二人の女性が向かい合って話をしている。店を眺める後ろ姿の女性もいる。手触りのある建物の壁や舗道の表現。線による、そこに暮らす人々のフォルム。対象を心の中に抱いて画面の中にもう一度線を中心として表現し、マチエールをつくったかのようなアンティームな雰囲気が、この作品の独特の魅力をつくる。

7室

 松本共子「今日は大型ゴミの日だ」愛知県知事賞。テーブルや容器や缶など、様々な捨てられたものが集合している向こうに湾があり、波が動いている。対岸は工場のようで、上方に鳥が舞っている。津波の前の風景ではないけれども、海のある光景が刻々と動いていく。独特の不安な様子を呈して、手前の集積したごみのもつ生活感とあいまって不思議な表情をつくりだす。生活感情と風景のもつ心象的要素がクロスするところに、この作品の面白さがあらわれる。

 今井登「守里想(庵町)」。瓦屋根の民家がいくつも重なりながら前後に存在する様子をしっかりと描いて、独特のリアリティをつくりだす。その向こうは海で、波が静かに寄せている様子。電信柱が点々とあって、それもまた独特のリズムをつくる。建物という具体的な存在を描きながら、抽象的な音楽性ともいうべきものと物質感とがデュエットをするように感じられるところも面白い。

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