なんでもコンテンポラリー連載企画
第1回 舟越 桂
【ふなこし・かつら】
1951年岩手県生まれ。77年東京芸大大学院修了。86〜87年文化庁芸術家在外研修(ロンドン)。中原悌二郎賞優秀賞、平櫛田中賞受賞。西村画廊、ヴェニス・ビエンナーレ、ドクメンタ他国内外で個展・出品多数。
都内の閑静な住宅街の中にある舟越桂氏のアトリエに、冬の午後訪れた。一軒家が丸ごとアトリエになっていて、1階が木彫を制作するための、2階がデッサンをするためのスペースとなっている。玄関を入ると楠の清潔な香りが心地よく迎えてくれる。室内には以前制作された彫刻が、こちらを静かに見つめている。
 
楠を彫り続けて
 
―― 楠で制作を続けられて、もう25年になられるんですね。なぜ木彫の、それも楠なのでしょうか。
 
舟越 制作していく上で、スピードというのはすごく大事なのではないかなと思っています。粘土であれば、ここが気に入らないなと思えば、一気にそぎ落としてしまうこともできます。でも木彫の場合はそういうわけにはいかない。のみで順番におとしていって、ある部分をそぎ落とすのに30分ぐらいかかってしまう。その間、頭で考えながらも、形が変化していく。認識していくスピードと実際に形が変わっていくスピードがイコールに近いということですよね。その自分のスピードに一番合っているのが木の中でも特に楠なんです。思考が早く進みすぎて、形ができてくるのがずーっと後だと「早くしてくれよ」といいたくなりますし、考えがそんなに進んでいないのに、手をちょっと動かすと形がすぐに進んでしまうというのも落ち着かないですから。
 
樹について
 
―― 今年から連載小説に新聞の挿絵を描いてらっしゃいますが、挿絵というのは今回が初めてですか。
 
舟越 はい。本の表紙は、僕が前に作った作品を選んでもらう形ですけど、今回は文章が先にありますから。
 
―― 5回ほど終えられていかがですか。
 
舟越 彫刻家だから描きなれていないので結構、難しいです。でも主人公たちのイメージが今はほとんどできたので。今回の小説の中には大きなうろを持つ樹が出てくるのですが、インターネットで「すだじい」という木の大木がある場所を調べて、そこに行って見たりしました。今回改めて写真なり、実物なりで木をきちんと見て、やっぱり大木というのは立派なものですね。神が宿るとか、ご神木とか言われているのは、すごくわかる気がしました。
 
―― 確かにそうですよね。
 
舟越 やっぱりそれはすさまじいのがありますよ。
 
―― 今までずっと木を彫り続けてらっしゃって、今になってそういう体験をされた。
 
舟越 そうです。
 
―― それも不思議なことですね。
 
舟越 材木としての楠しかほとんど知らなかったわけですけど、やっぱり木自体にすごい存在感があります。僕らと生きるスピードが違うだけで、やっぱり生命体ですから、人間が生きるということと、同じことかなと思ったりもしましたしね。600年以上たつと、人間でいうと100歳のおばあさんのようにすごいしわがよったようになって、色んなところから変なものがでてきたりして。何百年かまでは銀杏は銀杏の姿をしていても、それ以上たつと、銀杏の姿ではない、変な形態が現われてくるんです。人間でいうといぼとかみたいに。そういうものなのだということにはじめて気付きました。
 
―― そうした経験は彫っていくなかでも、何か変化があるものなのでしょうか。
 
舟越 どうでしょう。何か新しいものに出会ったからといって、すぐにそれが何かの姿になって現われてくるというのは、そんなにはないと思います。でも少し自分の引出しが増えたとは思います。何か作っていて、これでいいのだろうか、と自分に問いただすときに、自分の中に引出しがいっぱいあるほうが、合格点を高く出来るんじゃないかなという気がします。
 
人前での制作
 
―― 先生は公開制作などをされたことはないんですか。
 
舟越 人に見られながら作ったということはありますよ。以前まだ工事中のバーの壁に絵を描く仕事を引き受けてたことがありまして、描いているところにそのバーの社長さんが「見てていいかい」とやってこられた。描き始めると、彼が後ろで微動だにしないのがわかるんですよ。だから彼は自分のためにそうやって気を遣ってくれるのだから、それに答えて集中して描こうと思いました。二人ともお互いを慮って絶対に邪魔にならないようにしながらの制作でした。それでイメージで描いた女性の顔が、出来上がってみると、その社長さんが昔付き合っていた女性とそっくりだった、という不思議なことはありました。面白い経験でした。
 
22年ぶりの裸婦
 
―― 新作の女性のスケッチを拝見させていただいて、今までにない女性の裸体に少々驚きました。どのようなイメージを持たれたのですか。
 
舟越 何かあるのかなと自分でも考えたりしていますが、今のところわからないです。女性の顔をスケッチしていて、体に手がいったときに、ふっと自分の手が動いてできた形なんです。お腹の部分が膨らんでいるのも、妊婦をイメージしたというわけでもないし。若い女性というよりは、少し年齢をとられた方を作りたいとは思いました。豊かなイメージを持たせたかったのかもしれないです。
 
―― 「雪の上の影」(2002年)を作られたときに、途中段階でお母様の顔に似てらっしゃったというお話がありましたが、そういうものではないんですか。
 
舟越 いまのところそうでもないんじゃないかなと思っています。母親という感じはあまりしません。作るうちにこれから見えてくるのではないでしょうか。
 
―― 完成作品を拝見させていただくのを楽しみにしております。
 
(2月8日 舟越桂氏アトリエにて)
「夜は夜に」 2003年
楠に彩色、大理石
h.97cm
Photo:今井智己
 
制作途中の新作頭部。
胴体と頭は別に作られていく。
舟越桂さんの公式ホームページには、
これまでの作品やエッセイ、展覧会の予定などの情報が掲載されております。
舟越桂 Funakoshi Katsura HP http://www.show-p.com/funakoshi/
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