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「拝啓 ルノワール先生 ─梅原龍三郎に息づく師の教え」展、三菱一号館美術館で始まる

Category: 展覧会


展示会場風景。左:ルノワール「パリスの審判」1908年 油彩/カンヴァス 三菱一号館美術館寄託、右:ルノワール「パリスの審判」1913-14年 油彩/カンヴァス 公益財団法人ひろしま美術館蔵

10月19日(水)より、東京・丸の内にある三菱一号館美術館にて、「拝啓 ルノワール先生─梅原龍三郎に息づく師の教え」展が始まっています。

開幕に先立ち、18日に行われたの説明会で挨拶をする高橋明也 三菱一号館美術館館長(左)と、同展を担当した安井裕雄 同館学芸員(右)。


展示会場風景。


展示会場風景。

日本の洋画界を牽引し、その豪快な性格から“画壇のライオン”と呼ばれた梅原龍三郎。近代化が進み、油彩画が日本に定着した頃の1908(明治41)年、20歳の梅原は渡仏し、翌年ルノワールに会いました。梅原はルノワールを師と仰ぎ、その制作現場を見、師との対話から多くを学び、その家族たちとも関係を築きました。梅原は後に、ヨーロッパで学んだ油彩画に、桃山美術・琳派・南画といった日本の伝統的な美術を取り入れ、個性あふれる豪華絢爛な画風を展開し、日本の洋画を確立した巨匠として高く評価されます。

同展ではルノワールと梅原の作品だけでなく、梅原が蒐集した作品、梅原と親交のあったピカソやルオーらの作品約80点における東西の交流を紹介します。


展示会場風景。梅原龍三郎には優れた鑑識眼を持つ「蒐集家」としての一面も。

展示会場風景。梅原龍三郎「パリスの審判」1978年 油彩/カンヴァス 個人蔵


展示会場風景。手前のルノワールのブロンズ作品〈「ヴェールを持つ踊り子のブロンズ」個人蔵(梅原龍三郎旧蔵)〉が奧の梅原龍三郎の絵画作品〈「薔薇とルノワルのブロンズ」1972年 油彩/板 東京都現代美術館蔵〉に描かれている。

ルノワールと梅原の交流とはどんなものだったのでしょうか。

京都生まれの梅原は関西美術学院で絵を学び、パリでは先に留学していた同門の安井曾太郎や津田青楓に迎えられ、当初は彼らと交わりますが、すぐに東京美術学校出身の高村光太郎や山下新太郎らとも知り合い交流します。1908年に制作された「横臥裸婦」が当時のパリ画壇で流行していたヴァン・ドンゲンの影響を感じさせるなど、留学初期は最新流行の画家たちに影響を受けていたようですが、ルノワールとの出会い後、梅原の画風は急速に変化していきます。梅原の日記によると、彼がパリに到着したのは1908年7月20日。その年の9月21日に、ルノワールについて言及しています。

1909年2月、梅原は南仏カーニュ=シュル=メールにあるルノワールのアトリエを一人訪ねました。ルノワールは紹介者もなく、一面識もない若い異邦人を自宅に受け入れ、彼に描く様子を見せた後、昼食を共にしました。「絵を成すものは手ではない眼だ、自然をよくご覧なさい……」初めて会った日のルノワールの言葉を心にとめた梅原は、パリに戻ると、ルノワールのアトリエ近くに転居して、印象派の老巨匠と身近に接するようになります。アトリエに通い、制作の様子を間近に見た梅原は、パレットの絵具の配色を真似て、自作への助言も受けるようになりました。

しかし、梅原の関心は当初からルノワール一辺倒ではありませんでした。1908年秋頃は、前述のヴァン・ドンゲンのほか、サロン・ドートンヌなどで物議をかもしていたルオーにも注目しています。ピカソとは1911年に知り合い、ルオーとマティスには1920年から翌年の再渡仏中に会っています。師ルノワールがそうしたように、梅原も交友関係のあった画家の作品を蒐集し、自身の作品にも影響が見られました。当時、ルノワール作品は高騰しており、梅原は買うことができなかったそうですが、功なり名を遂げた後には、多くのルノワール作品を蒐集しています。


展示会場風景。左:梅原龍三郎「青楓煙景」1955年 油彩/紙 個人蔵、右:梅原龍三郎「浅間山」1970年 油彩/カンヴァスに裏打ち 個人蔵


展示会場風景。左:ルノワール「長い髪をした若い娘(麦藁帽子の若い娘)」1884年 油彩/カンヴァス 三菱一号館美術館寄託、右:ルノワール「麦藁帽子の若い娘」1888-89 油彩/カンヴァス 三菱一号館美術館寄託

1913(大正2)年、梅原は帰国します。帰国に際してルノワールのアトリエを訪れた際に、梅原はルノワールから「バラ」を贈られます。薔薇はルノワールが好んだモティーフでした。

時代は戦争の只中にありましたが、梅原の帰国後も、手紙などにより二人の親交は続いたといいます。それから6年後の1919年12月3日、ルノワールは亡くなりました。訃報を受けた梅原は自宅を売却、師から贈られた「バラ」も友人の山下新太郎に売って渡航費用を捻出し、師の遺族を弔問しました。そのとき、カーニュのアトリエには3点の「パリスの審判」があったと言われています。後に2点が日本に持ち込まれますが、このうちの1点が輸入されたとき、梅原はアトリエを借り受けて、自由闊達に模写をしました。同展には、この梅原版「パリスの審判」が出展されています。

今回の出展作品には、ルノワールが好んでいたバラと、アトリエの初訪問時に咲き乱れていたであろうミモザを梅原が描いた「バラ、ミモザ」もあります。同作品は、これまであまり公開されたことはありませんでしたが、二人の画家の、年齢と洋の東西を超えた師弟関係を象徴していると言われます。

展覧会オリジナルグッズ。プリントされているのは、梅原の帰国時に師ルノワールが贈った「バラ」。師に習って梅原は作品を18世紀様式の額に入れた。

 

展覧会会期中には、11月15日(火)に梅原龍三郎の曾孫にあたる嶋田華子氏の記念講演会、12月9日(金)に同展担当学芸員によるレクチャー、また10月28日(金)には三菱一号館美術館の建物の見どころや特徴を紹介する建物ツアーなど、多数のプログラムが企画されています。

日本近代化の象徴である三菱一号館で、二人の巨匠の交流に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

 

拝啓 ルノワール先生─梅原龍三郎に息づく師の教え

会期:2016年10月19日(水)~2017年1月9日(月)
会場:三菱一号館美術館
住所:千代田区丸の内2-6-2
料金:一般1,600円、高校・大学生1,000円、小・中学生500円
主催:三菱一号館美術館、朝日新聞社
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

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